『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ』

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5


いよいよ狩りは最終決着を迎えようとしていた。
追う者と追われる者、彼らはそれぞれ自分の勝利を信じてゴールへの道をひた走る。
史上最高に馬鹿馬鹿しいこの追いかけっこ、果たして勝利をつかむのはどちらなのか?
それは、運命の女神だけが知っている。









『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ 5 』












「・・・さて、作戦は先ほど指示した通りだ。何か質問は?」

司令部の建物から少し離れた射撃場の片隅で、ハボックは部下たちに自分達の作戦を説明していた。

「・・・まぁ俺達がやることはひとつだ。全てその目的のために行動すると思ってくれていい。そこまでの過程は状況に合わせてお前たちの判断に任せる。ただし、気をつけることがひとつ」

そこでハボックは言葉を切ると持っていた煙草に火をつけた。
まぁ作戦と言っても実際、彼らに指示することなど実はほとんどないと言っていい。
ここにいる者は全員、自分が仕込んだ実戦部隊だ。彼らは皆指示ひとつで的確に動くことが出来、更に独自で冷静な状況判断も出来る。ハボックは自分が育てた彼らの能力を全面的に信頼していた。

「・・・いくら攻撃を抑えているとはいえ、相手は焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐殿だ。いいか、深追いは絶対にするな。まずいと思ったら即座に撤退、こちらからの指示を待て。いいな?」

「それなら大丈夫ですよ、ハボック少尉。俺達だって、たかが演習で黒焦げはごめんですって。なぁ?」

ハボックの言葉に全員が心得ていると言わんばかりに軽く頷くと、ハボックは彼らを見渡して満足そうにニヤッと笑った。それを見た彼らからも人の悪い笑みがこぼれる。

「お前らなら大丈夫だ。期待してるぜ!・・・さてと・・・んじゃ、黒髪の勝利の女神をとっ捕まえに行くとするか!」

「Yes,Sir!・・・ま、勝利の女神にしちゃぁ、ちと色気が足りませんがね」

「確かに。もっとセクシーな女神様だったらよかったのになぁ?」

「まぁそう言うなって。あの女神様が俺達に臨時ボーナスを与えて下さるんだからな!」

とても緊張感とは無縁の気軽さでひとしきり笑いあうと、彼らはハボックに幸運を、と軽く敬礼して次々と建物の中に消えて行った。
その後姿を見届けると、ハボックはふぅっと煙草の煙を吐き出して口元に笑みを刻む。
大丈夫。後は彼らに任せておけばいい。
短くなった煙草を軍靴の裏にぎゅっと押し当てると、ハボックは自分のなすべき事をやるために歩き出すのだった。












建物内に仕掛けられたトラップの位置や今までの状況を分析して、本部にいるブレダたちはロイ・マスタングがいるであろう場所をいくつか絞り込んでいた。



これだけの人数だ。いくら建物内が広いとは言ってもいつまでも隠れ続けられる訳がない。今まで見つからなかったとすれば多分、普通に探したのでは見つからない場所に身を潜めているからに違いない。・・・だとすれば、その隠れられる場所はどこか?
ブレダたちは配管や配線図まで詳細に記した見取り図を元にその場所の候補を特定し、それぞれに無線を持った部下達を派遣した。
そして程なく、ロイ・マスタング目撃情報が寄せられた。



「・・・目標、発見しました!北棟4階、ダストシュートから逃走した模様!・・・くっそぉ!このダストシュートならそのまま1階まで降りられます!どうしますか?!」

「了解!お前らはとりあえず階段から降りて大佐を追え!・・・1階にいるやつは今すぐ北棟に集合!大佐がどこにいるのか正確な位置を確認して報告しろ!」

「了解!」

「・・・こちら西棟3階!訓練場の横を走り去っていく人影を発見!東棟に向かっていると思われます!」

「・・・東棟2階、ロイ・マスタング大佐を確認しました!こちらに向かって・・・うわぁぁぁっ!!!」

「おい、大丈夫か?!おい!!・・・無茶をするなよ?!」



・・・まったく、派手にやってくれるぜ。派手な爆発音とともに切れた無線に向かってブレダは舌打ちした。
残り時間はと時計を見ると、残りは後30分ほど。燻り出されてそろそろあちらさんも必死のようだな、とブレダは苦笑する。
しかし、ここで大佐を見失うわけには・・・逃げ切らせるわけには行かない。ブレダは再び無線を取り上げてハボックにマスタングの位置を知らせると、どっかりと椅子に座り込んで顎を撫でた。

「・・・あんたにゃ勝利の女神はやれねぇよ、マスタング大佐。この勝負、俺達がもらう!」










マスタングはさすがに切れてきた息をなだめるために壁に寄りかかると、何度か深呼吸してようやくほっと一息をついた。
いくら最近デスクワークが多いとはいえ、こうも体が鈍るとはな。マスタングはかすかに苦笑する。

「・・・本当にあちこち走らせおって。私が勝ったあかつきには全員に痛い目を見せてやらなければ気がすまないな」

チラリと時計を見ると既に残りは30分を切っていた。一応威力は抑えたが、最初に仕掛けたトラップや錬金術の攻撃でかなり派手に暴れたおかげで建物はあちこちかなり破壊されてしまった事が気にかかる。しかしそろそろそんなものにかまっていられる余裕もなくなってきたたようだ。
・・・まぁ壊れたものは全てあのエルリック兄弟達が直してくれると言っていた事だし。そう納得するとマスタングは発火布の手袋を嵌めなおして再び歩き出そうと体を起こした。
その時。

「・・・ようやく見つけましたよ、マスタング大佐」

「・・・やっぱりお前が来たか、ハボック少尉」

マスタングの苦虫を噛み潰したような顔に会心の笑みを浮かべながら、ハボックは壊れた階段の瓦礫を乗り越えてマスタングの前に姿を現した。多分こうなるだろうと予想はしていたが、マスタングの気分は重い。



ハボックはいつも飄々としているが、それは周りに見せるポーズのようなものだ。その態度は確かに上司受けこそよくないが、そんなもの実戦には全く関係ないと彼を引き抜いたのは自分であるのだからよく知っている。
彼が仕事に関してマスタングの信頼を裏切った事など一度もない。マスタングはハボックの能力を高く評価していた。
そしてだからこそハボックはマスタングにとって対峙したくない相手でもあった。

「・・・そんな嫌な顔しないで下さいよ、大佐。俺だってヤなんすから、こんな面倒臭い事。だからさっさと片付けましょうや」

その相変わらずの顔で頭をかくハボックに、マスタングはそれはお互い様だと不敵に笑う。その笑いにあさっての方向を見ながらそうっすねぇ、とハボックは答えるとでもね、と続けた。

「俺らとしてもこのまま負ける訳にはいかないんでね。・・・いい加減おとなしく捕まってもらいますよ、大佐!」

そう言うといきなりマスタングに襲い掛かった!そのスピードとパワーは疲れて体力を消耗している今のマスタングには脅威だった。

「・・・バカを言うな!そう言われておとなしく捕まるやつがどこにいるというんだ!」

マスタングはハボックの最初の一撃を紙一重でかわした。するとそのまま反撃する隙を与えないとばかりにハボックの激しい攻撃が続く。
その体格に物を言わせたパワーと、それに似合わぬスピード。軍隊格闘ではハボックは東方司令部で1、2を争う巧者なのだ。普段ならともかく、消耗している今は長引けばそれだけこちらに不利になる。マスタングはそう判断すると、ハボックの一瞬の隙をついて窓を蹴破り外に飛び出した。派手な音を立ててガラスが砕け、ハボックは視界をふさがれて舌打ちする。

「・・・・・・逃げられたか。まぁいい。・・・ま、せいぜい頑張ってくれよ、マスタング大佐殿」

ハボックは近くに待機していた部下から無線機を借りるとブレダにマスタングが逃げた事を伝え、ニヤッと笑った。

「・・・予定通りだ。獲物は狩人の下に向かってる。そろそろチェックメイトだぜ、ブレダ?」












マスタングは走っていた。終了時間まで後20分、それまで何としても逃げ切らなければならない。
あちこちから襲い掛かってくる軍人達を問答無用で吹き飛ばしつつ、マスタングはひたすらある場所を目指していた。

「・・・!いたぞ、あそこだ!」

「お前はブレダ少尉に連絡しろ!後のやつは俺について来い!」

「Yes,Sir!」



「・・・もう追いかけてきたか!しぶといやつらだ・・・と、うわっ!!!」

ハボックの追ってくる気配を後ろに感じて一瞬そちらに気をとられた瞬間、マスタングは前から盛大な水の洗礼を受けた。隠れていた兵士にバケツの水を浴びせかけられたのだ。全身ずぶ濡れ、当然発火布の手袋まで水が滴り落ちていた。その姿に兵士達は歓声を上げる。

「やった!これで発火布は使えなくなったぞ!・・・一気に囲い込め!!」

「なっ、ちょっと待った!お前らまだだめだって・・・!!」

慌てて止めるハボックの声も届かないまま、わぁぁぁぁっと声を上げて襲い掛かる兵士達。
マスタングは口元に余裕の笑みを湛えていた。

「・・・貴様ら・・・この私を誰だと思っている?!火花を起こすだけが私の十八番ではないぞ!!」

そう言うとマスタングは発火布に記されたサラマンダーの紋章を彼らに向けると、もう一方の手でポケットからライターを取り出しカチッと火をつけた。その途端、周囲は激しい爆発音と共に辺りは煙に包まれた。

「・・・馬鹿者どもが。私を甘く見るからこういう事になるんだ。もっとちゃんと教えておけ、ハボック!」

「・・・へぇへぇ、ごもっともで」

身を伏せて爆風をやり過ごすハボックの耳に届いた思い切り不機嫌そうなマスタングの言葉は、彼と共に煙の中に消えていった・・・。



ようやく煙が消えた後、ハボックはとりあえず無事だった部下と共に瓦礫に埋まったであろう兵士達の救出にかかった。

「・・・よろしいんですか、ハボック少尉?大佐を追わなくても?」

後は私達でやりますから。そう言って申し訳なさそうに体を小さくする部下たちに、ハボックは心配すんなと軽く笑った。

「あぁ、大丈夫だ。こうなる事は予想済みだから心配すんなって。戦況に影響はないし、それに・・・」

ホッとしつつも訝しげな彼らにハボックは窓の外を見つめながら取り出した煙草に火をつけた。
終了まで後10分。そろそろだな。ハボックはゆらりと煙を吐き出すと、満足そうな顔で彼らを見渡した。

「大丈夫だ。・・・俺達には、鷹の目がついている」












疲れた体をした激励しつつ、マスタングはようやく屋上に続く階段を上りきるとその扉を開けた。
その隙間に体を滑り込ませると、重々しい音と共に扉を閉め手早く錬成陣を描いていく。青い錬成の光と共に扉に鍵を錬成すると、マスタングはため息と共にその場にへたり込んだ。

「・・・はぁ・・・・・・これでもう・・・大丈夫だろう」

荒い息を整えて、マスタングは扉に背中を持たれかけると大きく伸びをした。
終了まで後5分。ここまでくればもう勝利は自分の手の中だ。マスタングがそう確信した時、どこからか声が聞こえてきた。

「・・・・・・ずいぶんと寄り道されたようですね?おかげで待ちくたびれてしまいましたよ」

「っな・・・!!!」

カツカツと小気味よい靴音を立ててそこに現れたのは、淡い金の髪をすっきりと後ろでまとめた華麗な花。
涼やかな美貌を鋭い瞳が際立たせる、東方司令部の才媛。ロイ・マスタングの懐刀。

「・・・・・・ホークアイ中尉・・・最後の刺客は君だったのか・・・・・・」

そう、リザ・ホークアイ中尉であった。



顔色一つ変えずにマスタングに銃を構えてホークアイはにこりともせずに言った。

「何をいまさら。大佐もとっくにお気づきでいらしたのでは?」

確かに。マスタングは心の中で冷や汗をかいていた。
確かにハボックが演習に出て来ていた以上、彼と同格かそれ以上の射撃の腕を誇る彼女が出てくるであろう事は予測済みであった。正確無比、100発100中の腕を誇る彼女の射撃の腕を警戒してマスタングも彼女の気配に気をつけていたはずだったのだが・・・まさか土壇場のこの時になって出てくるとは!マスタングはそっと臍をかんだ。

「・・・確かに君が来る事は予想していたのだがね。まさか最後になって現れるとは・・・君も意地が悪い」

その言葉は賞賛と受け取っておきますと答えると、ホークアイはマスタングに狙いを定めたままカチリと銃の安全装置を外した。

「・・・まさか本当に撃つつもりかね?怪我をしたら仕事も何も出来なくなってしまうと思うのだが?」

顔を引きつらせてごくりと息を飲むマスタングに、心の中で溜飲を下げながらホークアイはこれ以上ない極上の笑みを浮かべた。
・・・怖い。真剣に怖い。・・・だって、その極上の笑みの中の目はちっとも笑っていないのだから。
その笑顔のままゆっくりとむかって来るホークアイに、ロイは悲鳴を上げそうな心臓を必死で押さえ込んだ。まさに蛇に睨まれたかえるの様に冷や汗を流しながら、うっかり気を抜いたらごめんなさい、もうしませんと平謝りしてしまいそうなマスタングに、ホークアイは笑みを崩すことなく近づいていく。

「・・・お気遣い無用です、大佐。要は右手さえ使えれば全く問題ありませんから」

「いや、それはちょっと問題があるぞ、中尉!いや、かなり!!」

最後のその言葉は既に悲鳴に近かった。しかしホークアイは微動だにしない。その姿には確かな殺気がみなぎっていた。
・・・殺られる!マスタングはついに観念して目を瞑った。
その時。



「・・・ようし、そこまで!!!演習終了!!!」
終了を告げるベルの音と共にマイクを通したアームストロングの声が高らかに響き渡り、マスタングはその場にへなへなとしゃがみこんだのであった・・・・・・。












「・・・・・・負けてしまいましたな・・・」

マイクのスイッチを切ると、アームストロングはがっくりと肩を落とした。司令室に沈黙が漂った。
無理もない。アームストロングは大きくため息をつく。彼らはマスタングに一矢報いるべく動いてきたのだ。それが潰えた今、彼らの心中は如何なるものか。それを思いやってアームストロングは何ともいえない顔を彼らに向けた。



か、しかし。
アームストロングの予想に反して、彼らは一様に余裕の笑みを浮かべたままだった。

「ふぅん・・・さすがに頑張ったなぁ、あの無能大佐も」

「そうだね。発火布が濡れちゃった時はもうだめかと思ったけどね。よくやったと褒めてあげなきゃ」

まるで自分達が勝ったかのように嬉しそうな笑みを浮かべるエドワードとアルフォンス。ファルマンはやれやれ、ようやく終わったと肩をぐるぐると回し、フュリーはメガネを外してこめかみを揉んで疲れた目を癒している。ブレダにいたってはやっと終わったー!と椅子にそっくり返って伸びをして・・・その姿はとても敗者に見えなかった。
・・・一体どういう事だ?訝しげに眉をひそめるアームストロングに、アルフォンスは心底楽しそうな声を出した。

「・・・いいんですよ、少佐。最初からこのつもりだったんですから」

「・・・このつもり?・・・まさか最初からこの勝負、負けるつもりだったと・・・?」

訳がわからないと言った顔のアームストロングに、そこにいた面々は顔を見合わせてニヤッと笑う。それはまだ勝負は決していない、そう思える顔だった。
彼らはしばらく無言のまま顔を見合わせていたが、やがてエドワードが軽く頷いてまぁいいか、と頭をかくとアームストロングに向き直った。

「・・・まぁ少佐なら言っても大丈夫だと思うから。・・・実はさ、これで勝負が終りじゃないんだよね」

「・・・終りではない?・・・一体どういう事ですかな?」

更にわけがわからないという顔をする少佐にエドワードはいたずらっ子のような笑みを浮かべる。その顔のままエドワードは少佐に小さな声でそっと耳打ちした。

「・・・なんと・・・・・・」

説明を聞いた少佐はあっけにとられると、そこにいる者たちを見回した。
・・・まさかそう言う筋書きだったとは。少佐はこらえられずに笑いをこぼした。

「・・・そういう事だったんですな。・・・なら、お楽しみはこれからという事ですかな?」

「そ。これからが本番なんだよ、少佐。ま、細工は完璧だから後は結果を待つばかりなんだけどね」

少佐も楽しみにしててよ。絶対見物だぜ?エドワードはそう言ってウィンクすると、それは我輩も楽しみだとアームストロングは豪快に笑った。












勝敗は既に決した。勝者は笑い、敗者は泣いた。・・・かに見えた。
が、しかし。
それはまだ序章に過ぎない。
何故なら彼らは『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』なのだから。



そして彼らはまた動き出す。
真の決着に向けて・・・・・・。





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