『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ』

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その日、その場所では数々の伝説が残った。
その中でもその伝説だけは、未来永劫忘れられることは決してないであろう。
そのときその場にいた彼らは口を揃えてこう語ったという。

「・・・・・・だってあんなもの、忘れたくたって忘れられないさ!」









『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ 4 』












東方司令部の一角にある放送室。本日の特別演習の運営本部となっているここは、同時に彼らの作戦会議室も兼ねていた。
彼ら・・・そう、『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』である。
その会の一員、作戦参謀を勤めるブレダ少尉は壁にかかった時計を睨むと、そろそろはじめるぞー、と皆に声をかけた。

「手順はわかってるよな。準備はいいか?」

「おう、いつでもOKだ!」「えぇ、大丈夫よ」「こちらも準備完了です」「了解!」あちこちから返事が返ってくる。全員から返事が戻ってきたのを確認してから、ブレダは軽く敬礼するとおもむろに部屋の奥に向かって呼びかけた。

「・・・では、準備OKです、Sir 。後はよろしくお願いします」

大きく頷き、ガチャリとドアを開けて遠ざかっていく足音を確認すると、ブレダは傍にいたアルフォンスに声を潜めて話しかけた。

「・・・なぁ、本当にあのお方に頼んで大丈夫だったのか?」

するとアルフォンスは大丈夫ですよ、とのんびりした口調で答えた。

「あの方こそ本日の司会進行に一番ふさわしいと思いますよ?だからこそ、わざわざ電話でご足労願ったんですから」

「・・・でもなぁ・・・・・・」

なおも不安そうなブレダにアルフォンスはくすっと笑った(様な気がした)。

「いいんですよ。いくら大佐でもさすがにあの人数じゃちょっときついでしょうから、ハンデくらいあげないと」

「・・・・・・ハンデねぇ・・・・・・確かにありゃぁダメージでかそうだ」

この後起こるであろう事態を予想して、ブレダはゲラゲラ笑った。その反応に満足そうにアルフォンスが声を出して笑う。

「でしょう?それに、今回は・・・・・・・・・・・・ですからね」

「・・・なるほど、そうだったな」

そういってブレダが納得していると、大佐を送り届けたエドワードが戻ってきた。

「おーっす。どう?うまくいきそう?」

「おぉ、エド。大丈夫だ、負かせとけって」

ブレダは不敵な笑みを浮かべると、目の前にある見取り図を眺めた。東方司令部の見取り図は既に完璧に頭の中に入れてある。作戦も綿密に練り上げ、シュミレーションもばっちりだ。後は実戦部隊に任せるだけだが、あいつが指揮をとる限り失敗はありえない。
そろそろいい加減、あんたの慌てた顔を見せてもらいますよ、大佐。そう呟いてブレダはぐっと口元を引き締めた。

「んじゃ、そろそろおっぱじめますか。諸君の幸運を祈る!」






東方司令部敷地内にある訓練所。普段は訓練仕官による厳しい掛け声と、きびきびと動く数百の軍人たちの組み手の掛け声が響くここは、本日はしんと水をうったように静まり返っていた。
一段高く作られた壇上でそこに集まる全ての視線を集めながら、ブレダたちに「あの方」と呼ばれたその人は感激に酔っていた。

「そろそろお時間です」

「・・・うむ」

進行係に耳打ちされ、マイクを渡されると彼は期待(?)を込めて見つめる一同をぐるりと見渡した。
「諸君!」そう呼びかけて、彼はおもむろにマイクを右手に持った。その対比ゆえか、驚くほど小さく見えるマイクを持つその手の小指は彼らしくピン!とまっすぐ立てられている。
そう、彼の名は。

「・・・本日、このよき日に、こうして諸君らとともに素晴らしい特別演習に参加できるこの喜び!このルイ・アームストロング、今感動に打ち震えておるぞ!見よ、この喜びに沸く我輩のこの筋肉の躍動を!」

ぶわっと盛大に涙を振りまきながら、ルイ・アームストロング少佐はバサっと軍服の上着を脱ぎ捨て、キラキラピンクの輝きの中で隆々とした筋肉を見せ付けるべくポーズをとった。その後ろには彼の筋肉を引き立てるための専用スポットライトを持ったこれまたなんとも暑苦しい大男が二人、「素晴らしい!素晴らしいです、少佐!!!」「自分も感動で前が見えません!」と涙を流している。

その鋼のように鍛え上げられた肉体と、破壊から創造を生む豪快な錬金術でその名を知られる、豪腕の錬金術ルイ・アームストロング少佐。本来セントラル勤務である彼だが、本日はアルフォンスからの電話によって特別に東方司令部に招かれ、本日の特別演習で由緒あるアームストロング家に代々伝わる芸術的司会術を披露するべくここにいた。
要請を受けてからこの日のために更に鍛え、磨きぬいたその肉体をさまざまな角度、いろいろなポーズで披露しつつアームストロングは更に続ける。

「東方司令部にこの人あり、と謳われたあのロイ・マスタング大佐殿の素晴らしい錬金術と、数々の軍功を可能にしたその不屈の体力と明晰なる頭脳!これらを本日、我々のために特別演習の講師として披露して下さる!その技を目の前で見られるとはまさに至福の喜び!皆もその喜びをかみしめ、感動に震えるがよい!」

「・・・・・・あ、あのぉ・・・少佐、そろそろお時間が・・・・・・」

フン!ムムッ!と目の前で繰り広げられる暑苦しい筋肉の饗宴に酸欠状態になりながらも必死にその責務を果たそうとする進行係の言葉に、アームストロングは少々残念な顔をしたが、では、と後ろを振り向いた。

「では、大佐。開始させていただいてもよろしいですかな?」

あまりの暑苦しさに半分違う世界に行きかけていたマスタングは、その言葉にようやく意識を取り戻した。ふらつく頭を必死で立てなおし、椅子から立ち上がる。

「・・・あ、あぁ。いつでも結構だ、少佐」

「では開始いたします。大佐がスタートしてからきっかり30分後に捜索が始まります。時計は合わせてありますかな?」

「あぁ、執務室であわせてきた」

「結構。捜索部隊の武器は催涙弾や催涙ガスを含め、致死性はありませんがなかなか厄介です。お気をつけ下さいますよう。御武運をお祈りしております」

「ありがとう。では、4時間後に会おう」

マスタングは敬礼するアームストロングに手を上げると、手袋を嵌めなおして軽く屈伸をした。
成り行きではあるが、ここまで来た以上負けるわけにはいかない。返り討ちにしてやるさ。不敵な笑みがマスタングの口に浮かんだ。

「・・・では、只今からスタートとする!」騒々しく鳴り響くベルの音をバックに高らかにアームストロングが開始を告げると、おぉ!と声が上がる。それは始まりを告げた特別演習に対する興奮でもあったが、同時にこの筋肉から開放されることへの歓喜と安堵の声でもあった。よく耐えた、頑張ったよ俺たち!そう自分を励ましてこっそり涙をぬぐった彼らだったが、次の瞬間その涙は絶望へと変わった。

「・・・諸君らのスタートは大佐がスタートしてから30分後だ。それまでの間、我輩が今回の特別演習のポイントをしっかりとレクチャーしてやろうではないか!皆心して聞くように!よいな?」

ズイっと体を乗り出すようにさらに近づいてくるそのピンクの輝きを見ながら、彼らは遠くなる意識の中でうわごとのように呟いていた。
・・・あぁ、特盛だよ・・・・・・そうだな、特盛だな・・・・・・。



その日、その場所では数々の伝説が残った。
がしかし、彼らがその時見たものだけはその後二度と語られることなく、永遠に封印されたのであった。






焔の錬金術師ロイ・マスタング大佐を捕獲する。それが今回の特別演習の課題である。
演習に参加するものたちは各班に分かれ、広大な東方司令部の敷地内を探し回っていた。

「・・・21班、東棟1階、見つかりません!」「32班、事務室、誰もいません!・・・おい、そっちはどうだ?!」「5班、資料室もいないです!ちくしょう、一体どこにいるんだ?!」あちこちから怒号が響く。
開始から30分。これだけの人数がいるのだからすぐに見つかるだろう。彼らの思惑は最初の時点で躓きを見せていた。

「・・・どこにもいませんね。やはり隠れているのでしょうか?」

「かも知れないな。そのまま時間まで粘るつもりかも」

「くっそぉ・・・・・・いいか、絶対見つけるぞ!」

第15班のメンバー5人はおう!と掛け声をかけて、東棟へ続く空中回廊を走っていく。
と、回廊の突き当たりで何かが動いたような気がした。

「・・・待て!」

リーダーとなった初老の兵士はシッと全員を制すと回廊の奥を睨んだ。あらかじめ決めておいた指信号で合図を出すと、彼らは音もなく回廊を進み、突き当たりの手前で立ち止まり呼吸を合わせる。リーダーが全員を見渡して全員が頷いたのを確認すると、ワン、ツー、スリーで一斉に飛び出した。

「動くな!!!」鋭い威嚇の声は、しかし空振りに終わった。冷たい石造りの床や壁にリーダーの声だけが虚しく響く。おかしい。そうリーダーが思った瞬間。彼らの視界は一転した。

「「「「「「うわぁぁぁぁぁっ!!!」」」」」

きれいにハモッたその悲鳴は、大音響とともにガラガラと崩れた彼らの足元へと吸い込まれていったのであった。





ドドーン!!!遠くから響いてくる音に耳を傾け、マスタングは頭の中に東方司令部の見取り図を描いていた。

「・・・あの方向だと、東棟の2階に仕掛けたトラップだな・・・っと、今度の音は南棟か。やはり人数が多いから下手に動くと命取りか」

開始早々、あちこちに錬金術を使って作った簡単なトラップを突破される音で周囲の状況を把握しながら、フム、とあごに手を当ててマスタングはすばやく考えをめぐらせる。
現在の時間を見れば、午後3時。終了時間までは後2時間ほどある。このままじっとしているのもひとつの手ではあるが、さすがに今回は相手にする人数が多すぎる。もし見つかったら多分逃げられないだろう。かといって闇雲に逃げたところで結果は同じだ。マスタングは無言でチョークを動かし、壁にひとつの錬成陣を描いた。そこに両手を当てると、青白い錬成反応の光が発生して壁にいくつもの目に見えない細かい亀裂が生じる。その中でも見えにくく一番もろそうな部分に楔を打ち、それをトラップコードにつなげば、コードに引っかかると壁が崩れてくる簡単なトラップの出来上がりだ。他にもマスタングは落とし穴などのトラップをあちこちに仕掛けていた。それらは威力こそ少ない子供だましのものだが、派手な音を立ててそこに誰かがいることを知らせ、同時に足止めにもなる。簡単且つ地味ではあるが、対する人数が多い場合には意外と効果的な方法であった。

「さて、では次かな」

まったく、と少々忌々しそうに呟くとマスタングは回廊の窓越しの空を仰いだ。窓の外は抜けるような青い空。昼寝するには絶好の日和だとういうのに。

「・・・これだけ苦労させられているんだ。この勝負、絶対勝って休暇を手に入れてやる!」






「東棟と南棟は全部確認したんだな?フュリー、現状を確認してくれ。ファルマンはA班に北棟の捜索を指示」

「了解しました」

赤鉛筆で見取り図の各部屋に×印をつけていきながらブレダは次々と指示を出していく。

「・・・南棟3階はバリケードを壊すと爆発するトラップでした。東棟2階は踏み込むと床が崩れるトラップ。いわゆる落とし穴ですね。どのトラップもいずれも軽症のけが人が数名程度ですが、肝心の本人は未だに捕まえられないまま。ここはやっぱりさすがと言うべきなんでしょうかねぇ?」

各所に配置した無線部隊から次々と入ってくる報告を受けて、フュリー軍曹は苦笑交じりに呟いた。その言葉に肯定こそしないものの、その場にいた誰もが上司の手腕を認めざるを得ないと感じていた。

「やはり侮れませんねぇ・・・まぁ、これくらいこなせなくては未来の大総統、などとは口が裂けても言えないでしょうけど」

物騒な内容を、相変わらずのんびりとまるでお茶でも飲みながらのような気軽な調子で話すアルフォンスに、暇をもてあましてゴロゴロしていたエドワードがまったく、大総統だなんて無能の癖に生意気だよなぁ、などと笑う。演習開始から3時間、そろそろ焦りが見えてきてもよい頃だが、まるで人事のような2人の会話にアームストロングは首をかしげた。

「やはりさすがは焔の錬金術師殿といった感じですな。だがこのまま行けば我々の負けは確定。策はあるのかな、エルリック兄弟?」

「ん?だーいじょうぶ、大丈夫。心配ないって」

先ほど受けたアームストロングの骨がきしむほどの抱擁の洗礼を警戒しているのか、一定の距離を保ったままニカッと笑うと、エドワードはそろそろじゃない?とブレダの方を振り向いた。おう、と応えるとブレダは無線のマイクを持って相手に呼びかけた。

「おーっす、相棒。そろそろ時間だぞ。起きてるかー?」

「うぃーっす。ここはいいぞぉ、日当たり良すぎて寝ちまいそうだ」

緊張感のかけらもないその呼びかけに、更に緊張感のない答えが返ってきた。普段と変わらぬその調子に苦笑しながら、ブレダは全幅の信頼をおく相棒ハボックにGOサインを出した。

「寝ぼけてドジるんじゃねぇぞ、ハボック」

「俺を誰だと思ってる、ブレダ!・・・んじゃ、最後の詰めと参りますかね」

そう言って無線が切れると、ブレダはマイクをおいて両手をポキポキ鳴らしながら気分が高揚していくのを感じた。

「おっしゃ、最後の詰めだ。一気に行こうぜ!」






勝負はいつも時の運。とは言うものの、彼ら『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』に関してそれは当てはまらなかった。
獲物は既に罠にかかった。後はそれを狩るだけである。ただし、その獣がおとなしく狩られてくれれば、の話であるが。
さてこの勝負、一体どちらに軍配が上がるのか。それは神のみぞ知る。











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