『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ』

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それぞれの思惑が更なる嵐を呼ぶ。それらは複雑に絡み合い、縺れたまままだ解けることはない。互いのカードを探りあい、自分に有利なカードを集めようとする。
そこはまごう事なき戦場であった。


ただし、それが恐ろしくレベルの低い心理戦という名前の嫌がらせの応酬であるという事は誰もがわかっていたが口に出されることはなかった。








『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ 3 』












その日、東方司令部は午後から始まる特別演習に向けて着々と準備が行われていた。



といっても今回の特別演習は舞台裏があぁだったせいもあって、下士官たちには演習内容は一切告げられておらず、従って準備もほとんど必要なく、準備にかこつけて大騒ぎしているというのが本当のところであった。

「・・・なぁ、聞いたか?今日の特別演習、あのマスタング大佐が特別講師なんだってよ。」

「え?マスタング大佐って、あのマスタング大佐か?マジ?」

「らしいぜ。一体何をレクチャーしてくれるんだろうなぁ?錬金術か?あれ出来たら便利そうだよなぁ・・・給料日前とか(断っておくが、もちろん金の錬成は違法である)」

「おぉ、そりゃいいな!酒がなくなったらこうちょいちょいっと・・・(いや、だから何もない所から錬成は出来ないんだが・・・所詮一般人の錬金術の知識などこの位である)」

「でも錬金術なんか教えてもらってもなぁ・・・?まさか軍隊格闘なんて言わねぇよなぁ?」

「あの体でかぁ?無理無理!毎日デスクワークばっかりのあんなひ弱な体じゃ、あっという間に泣きが入るさ」

「じゃぁ女の上手な口説き方とか?百戦錬磨のあのマメさは有名だしな」

「ばーか、大佐好みのお上品な女の口説き方なんて知ってどうするよ?俺らの知ってる酒場の女とは違うんだぜ?」

「そうだよなぁ・・・じゃぁ一体俺たちに何を教えてくれるんだろう?」

先日、東方司令部の将軍の命による『特別演習』が決定して以来、いまや誰かと顔を付き合わせるとこの話題である。
何せ常日頃から体力の有り余っている猛者揃いの軍人たちである。
そんな彼にとってイシュヴァール殲滅戦は知識としてでしかなく、マスタングに対しては普段執務室にこもりきり、たまに出てきたときには右手につけた発火布の手袋で派手な花火をぶち上げて一気に事件を解決する魔法使いのようなイメージが強い。
錬金術など全く理解できない自分たちに、軍隊格闘のカの字も出来なさそうなひ弱な(もちろん、彼らから見ればである)あのマスタング大佐が、一体何を教えてくれるというのか?
いろいろな意見が出てはくるがそれに明確な答えを出せるものは誰一人としておらず、その度に今回の演習への期待は更に高まっていくのだった。









「んじゃ、大佐。そろそろ準備はいい?」

コンコン、とドアをノックしてエドワードが執務室のドアを開けると、マスタングは既に準備を整えて待っていた。
さらりと優雅に黒髪をかきあげたその姿は普段と違って、常に着用している階級章の付いた青い軍服は脇の椅子にかけられていた。程よくのりの効いた真っ白なワイシャツの袖を肘まで無造作に捲くり上げ、襟元は第2ボタンまではずされている。本来ならだらしなく見えるその格好も、この男がやると何故か嫌味なほどに格好よく見えるから不思議である。
ま、雨の日以外ならな。とエドワードはこっそりと笑うと部屋の中に入っていった。

「いつでも準備は出来ているぞ、鋼の」

エドワードに向かってそう言うと、マスタングはニヤリと笑った。おっけ、とエドワードはうなずいてスタスタと部屋の中央まで歩いていき、執務机に行儀悪く腰をかけた。

「じゃぁ今日の『演習』の内容を説明するから」

エドワードは内容を簡単にまとめたプリントをマスタングに手渡し、要点だけを手際よく説明を始めた。

「・・・今回の特別演習は、要するに大佐と俺らの鬼ごっこだ。従って大佐が今回の演習参加者の誰かに捕まって手錠をかけられるか、もしくは制限時間まで大佐が逃げ切ったら終了。制限時間は午後1時から本日の日没前の午後5時とする。これはOK?」

「・・・手錠などと・・・これではなんだか犯罪者になった気分だ」

これね、とエドワードが銀色の手錠をポケットから出して見せると、マスタングは少し顔をしかめた。

「だってしょうがないじゃん。今回は鬼ごっこなんだし、鬼は捕まえなきゃ意味がないだろ?それにいつもみたいに捕まえても、逃げられちゃかなわないしな」

「・・・不本意ではあるが、仕方ない。OKだ」

しぶしぶ認めたマスタングであったが、もちろん、エドワードにしてみれば別に拘束するのは手錠でなければならないわけではない。なのに手錠としたのは、単に日頃の意趣返しであった。別名を嫌がらせ、とも言う。

「・・・演習区域はこの東方司令部内全域、敷地および建物内全てとする。敷地の周りにある塀を越えない限り、どこにいてもかまわない。あ、でも食堂は別ね。あそこは別世界だから」

「それはかまわないが・・・食堂が別世界?」

「そ。あそこはさすがに将軍の権力も及ばなくてね。なんせおばちゃんたちを敵に回すとご飯作ってもらえないからさぁ、そうすりゃ今度は腹をすかせた軍人たちが暴動を起こしかねないってわかってるから将軍も何も言えないんだよ。だからあそこだけは別世界なの」

「・・・な、なるほど・・・なんだかわかったようなわからないような・・・」

「まぁ食堂のおばちゃんたちにはこの演習が終わってからみんなが食べる夕食を作ってもらわないといけないからさ。演習中もあそこで働いてもらうから危害を加えるわけにはいかないし、あそこの備品を壊されるのは困るからこれは守ってもらうよ」

・・・今度から食堂のおばちゃんには気をつけよう。ひそかに誓ったマスタングに否を言わさず、エドワードは更に続けていく。

「今回は対戦する人数が多いからハンデをやるよ。この演習に俺とアルは参加しない。そして大佐は錬金術の使用を許可する。もちろん発火布もOKだし、錬成陣を描いてもいいよ。大佐、チョークかなんか持ってるか?なきゃぁアルから借りてくるけど」

チラッと大佐を見てくすっと笑ったのはエドワードの嫌がらせだ。自分は錬成陣なしで錬成可能だが、それが出来ないマスタングはその場に錬成陣を描かなければ錬成できない。それに気づいてマスタングはムッとしたが、すぐに体勢を立て直して逆にエドワードにさりげない嫌味を送る。

「大変ありがたい申し出だが、結構だ。それくらい自分で用意できるからな。そんなことより果し合いなのだったら鋼のと私が直接対決すれば済む事ではないのかね?すぐに決着がつくと思うのだが?」

先日のセントラルでの直接対決を当てこすった発言に、今度はエドワードが激昂した。

「んだと、コラァ!あの時は大佐が卑怯な手を使ったからじゃねーか!実力なら絶対俺は負けてねぇ!!!」

「卑怯も手の内だといっただろう。私に負けたのが悔しいからといって、それをあれこれ言い訳するのはなんとも見苦しい限りだと思わんかね?」

「なっ・・・?!・・・くっそぉ・・・この・・・この無能大佐が・・・」

「おや、どうした、鋼の?顔色がよくないようだが?」

ニヤニヤ笑うマスタングにフルフルと拳を震わせるエドワードだったが、ここで本来の目的を見失っては元も子もない。落ち着け、落ち着くんだ。あらん限りの理性を総動員してエドワードは何とか怒りを納めた。後で絶対泣かす!と思っても声には出さなかったのはよく頑張ったと褒めるべきだろう。

「・・・喧嘩なら後でいくらでもかってやる。でもさすがに俺たちがここで直接対決したら下手すりゃ東方司令部が全壊って事にもなりかねないだろ?だから俺たちは今回は見物させてもらうよ。もちろん、他の錬金術師たちも参加しない」

「・・・なるほど。それはまぁ一理あるな」

「そういうこと。あ、でも威力はセーブしてくれよな。いくらなんでも、たかが演習で大事な軍の戦力を消し炭にされちゃたまらねぇからなぁ。錬金術を使用した場合、重傷者を出した時点で大佐の負けにする。もちろん、その際の治療費は大佐のポケットマネーでよろしく」

「・・・・・・わかった、善処しよう」

やれやれと肩をすくめてマスタングは軽くため息をついた。なんだかどんどん話が大きくなっているのは気のせいだろうか?
エドワードは知らん顔で続きを読み上げた。

「あ、これで最後だ。これは大佐だけに当てはまるルールね。焔を使用した場合、焼いたものは自分で元に戻すこと。以上!」

壊れただけなら俺たちで元に戻せるけど、灰になるくらいまで焼けちゃったものは完全に元に戻すのは難しいからさぁ。元に戻らなければ弁償ね。心底嬉しそうな顔のエドワードを殴りたくなる衝動を、マスタングはぐっと抑えた。
確かに錬金術は使用可能ということであるが、自分の一番得意な焔を出せば必然的に周りのものは多かれ少なかれ焼けてしまう。力をセーブすれば当然威力が落ちるので、下手をしたら足止めにもならない可能性もある。かといって強力な焔を出せば全焼だ。これでは焔を出すなと言っているのも同然ではないか!

「・・・上等だ。この私が焔だけではないという所を存分に見せつけてあげようではないか」

マスタングは執務机の中から手袋を出して両手に嵌めた。サラマンダーの意匠の入った錬成陣の描かれたそれは発火布で出来ており、これを強く摩擦することで火花を起こし、更に空気中の酸素濃度を調整することで爆発を起こさせる。焔の錬金術師ロイ・マスタング必須のアイテムであった。

「んじゃ、勝負開始って事で。参りましょうか、大佐殿?」

お互い不敵な笑みを浮かべて二人はゆっくりとドアの向こうに消えていった。
そして舞台はいよいよ佳境へと入ってゆくのであった。








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