緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ

BACK NEXT 




「・・・・・・なんだね、これは?」

自分の机の上に置かれた一通の封書に、出勤してきたばかりのロイ・マスタングは眉を顰めた。











『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ 2 』












「見ての通りですが、何か?」

顔色一つ変えずに返答するリザ・ホークアイ中尉にいや、だからそうじゃなくて、と心の中で突っ込みを入れつつ、マスタングは同じ質問を再度繰り返した。

「だから、何だね?この『果たし状』というのは!」



そう、その封書には大きく『果たし状』と書かれてあった。ふむ、なかなかの達筆だな、と見当違いの感想を思い浮かべつつ、マスタングは心当たりを自分に問うて首をひねった。
確かに軍という立場上、いらぬ恨みをかう事は多い。だが、さすがに面と向かってこんなものを送りつけてくるような命知らずのテロリストたちは、彼ら軍部の働きでここのところほとんどなりを潜めているはずだった。他に恨まれる覚えといったら自分の女性にマメな性格位かもしれないが、自分の不甲斐なさを棚に上げて自分の彼女を盗られたなどと逆恨みするような筋違いな輩は、この間返り討ちにしたはずだ。いくら考えても自分の中に心当たりはなかった。あくまで自分の中では、だが。

「・・・女性たちからのラブレターならともかく、こんなものをもらう覚えはないのだが?」

しれっとした顔でそう呟くマスタングに、ホークアイはため息をつきながら傍にいたハボックに合図を送った。それに気づいてえぇっ!俺が言うんすか?!とハボックは一瞬嫌そうな顔をしたが、怒らせると怖い彼女の無言の圧力に敵うはずはない。再び促されて仕方なく渋々口を開いた。

「あぁそれ、俺たちからのラブレターっすよ。嬉しいでしょ?愛されてて」

「・・・気色の悪いことを言うな。男からのラブレターなんぞ、もらっても嬉しくないに決まってる」

「そう言わないでくださいよ。俺だってそんなもんあげるの嫌なんすから」

そう言うと、ハボックは軽く肩をすくめた。その飄々とした態度にマスタングはあからさまに嫌そうな顔を作ってみせる。
とはいえ、マスタングは別に怒っている訳ではない。ハボックの態度はいつものことだし、それが業務に支障があるわけではない。彼自身身分の上下を気にするたちではないし、有能な部下であることはわかっているから注意するつもりもない。

「ならなんでこんなものを寄こす?これは私への挑戦ととっていいのかね?」

またいつものお遊びだろう。ここの連中は本当に冗談好きだからな・・・と、自分がその筆頭に上がっていることなど棚に上げて、その冗談に乗るつもりでマスタングがフフン、と鼻を鳴らすと、ドアの向こうから意外な返事が返ってきた。

「そ、挑戦。どう、大佐?俺たちと賭け、しない?」

「?!鋼の?!」

ドアを開けてひょっこり顔を出すと、鋼の二つ名を持つ天才国家錬金術師は尊敬する態度など微塵も見せずに(実際尊敬などしてはいないのだが)上司に向かってにやっと笑った。その後ろからそのゴツい見た目からは想像も出来ないような可愛らしい声で鎧の弟が挨拶してくる。



後ろで三つ編みにした金の髪を揺らし、それによく映える赤いコートをまとって金の瞳を不敵に輝かせる(少々)小さな少年。
その後ろに控えるのは、鈍く光る見上げるほど大きな全身鎧。
東方司令部、という場所にはいささかおかしすぎる取り合わせであるが、彼らがここにいるのは決して不自然なことではない。
少年の名はエドワード・エルリック。12歳にして国家錬金術師の資格を獲得した不世出の天才錬金術師。その姿に似合わぬ実力は軍内部どころか市井にまで響き渡っている。
そしてその後ろは弟のアルフォンス・エルリック。魂をも賭けた兄の決死の術により、空ろなる鎧にその魂を留めた彼もまた素晴らしい才能を持つ錬金術師である。
禁忌を犯した彼らのその身には15歳という年齢には重すぎるものを背負っているが、それを微塵も感じさせない明るさと、互いを元の体に戻すという真摯な願いに打たれない者はおらず、この兄弟の前途に幸多かれと願うのはこの東方司令部の全ての軍人たちの共通の意識であった。
もちろん、マスタングをはじめとする兄弟に近しいものはなおさらである。



「・・・いつの間に戻っていたんだ?戻っていたのなら挨拶位するべきだと思うがね?」

「だから今挨拶してるだろ!昨日戻ってきたばっかりなんだよ」

「・・・本当にいつまでたっても可愛げのない・・・」

「可愛くなくて結構。ヤローに可愛いなんざ言われたくないね」

「・・・・・・ああ言えばこう言う・・・本当に相変わらずだな、君たちは」

こめかみを引きつらせるマスタングに向かってんべー、と大げさに舌を出すとエドワードはどっかりと応接用のソファーに座り込んだ。すかさずもぉ、兄さん行儀悪いよ!と弟から突込みが入る。そんな二人に世話する立場が逆転しているのは相変わらずだな、とそこにいる誰もがこっそりと笑いを噛み殺した。

「・・・そんな風にソファーに座っていると埋もれてしまうよ、鋼の」

「だぁれが!ソファーに埋もれて見えなくなるほどのドちびだーっ!!!」

いつものように特定の単語に過敏なまでに反応し(最近では単語だけでなく微妙なニュアンスにまで反応するようになってきたのは、それだけ今の現状が切実だからなのであろうか)、うがーっ!!!と怪獣さながらに暴れるエドワードを、まったく相変わらずだな、とひとしきり楽しんでからマスタングは先ほどのエドワードの言葉に疑問を返した。

「・・・で、賭けとは?」

その言葉にようやくハッと我に返り、ぜぇぜぇと肩で息をしながら呼吸を整えながらエドワードは再びソファーに座り直した。

「・・・そのまんまの意味だよ、無能大佐」

「誰が無能だ!人聞きの悪い!」

今度はマスタングがムッとしたが、エドワードは知らん顔でだってさー、と続ける。

「仕事しないで中尉やみんなに迷惑ばっかりかけてんじゃん。それって無能って言わない?」

なー?と言うエドワードに、傍にいたアルフォンスが兄さん、それはひどいよ、ただでさえ雨の日は無能って言われて落ち込んでるんだし、とフォローどころか更に突き落とすような発言を返してくる。その絶妙なタイミングはまさにグッジョブ!である。彼らの掛け合いにさすがのマスタングも怒りで口元をひくつかせた。

「・・・君たちが私のことをどう思ってるかよーくわかったよ・・・次回の査定が本当に楽しみだな」

「あらら?東方司令部の最高司令官ともあろうお人がそんな心の狭いことじゃいけないなぁ?」

イシシ、と笑ったものの、これ以上やると余計な地雷を踏みかねないとエドワードは先を続けた。

「・・・まぁそれは置いといて。最近誰かさんがサボってトンズラするおかげで仕事が溜まりまくってるんだって?おかげでみんな連日連夜、残業残業。いい加減気力体力共に限界きてると思わねぇ?」

「う・・・そ、それは・・・・・・」

痛い所を突かれてマスタングはこっそり冷や汗をかいた。
確かに自分がサボるせいで書類の決裁が溜まり、業務が滞っているのは認める。そのせいで中尉をはじめ部下の顔に刻まれた疲労も深いこともわかっている。自分だって申し訳ないとは思っているのだ。ただそれが態度に反映されないだけで。

「・・・まぁ、大佐の言い分もわからなくもないんだ。毎日あれだけの量の書類をこなそうと思ったら大変だもんな。その点は俺も同情する。逃げ出したくもなるってもんだ」

うんうん、とうなずきながらエドワードはだからさ、とマスタングの目の前にぐっと人差し指を突き出した。

「大佐に正々堂々サボれるチャンスをあげようと思ってさ」

「チャンス?それがその果たし状とどうつながるのかね?」

「要するに、お互いの進退を賭けて俺たちと勝負しようってこと。大佐が勝ったら1週間の休暇を進呈。もちろん、休暇中仕事は一切しなくていいよ。で、負けたらみんなの言うことを聞いておとなしく仕事をする。どう?悪くない条件だと思うけど?」

「魅力的な条件だがやめておこう。1週間も仕事を溜め込んだら休暇明けに大変なことになる。第一そんなふざけた事を将軍閣下が許す訳がないだろう?」

確かにここしばらくまともに取れていない休暇は魅力的だが、その間に溜まりに溜まった書類を片付けなくてはならない休暇明けが恐ろしい。そう考えてマスタングはエドワードの提案をあっさりと一蹴したが、脇から今度はホークアイがおもむろに口を開いた。

「それなら大丈夫です。今ちょうど事件も事後処理も一段落したところですから書類のほうは私たちで何とかなりますし、将軍からのお許しもいただいていますから」

「?!ちょっと待て、お許し・・・って、まさか将軍まで巻き込んだのか?!」

あきれて叫んだマスタングに向かってニターっと笑うと、エドワードはおもむろに一枚の書類を差し出した。

「自分も混ざりたいけどさすがにこの年じゃ体がきついからってさ。すっげぇ残念がってたよ。あ、将軍には当日特別観覧席を用意することになってるから」

しっかり見てるから頑張れよってさ。そう言うエドワードの話は既にマスタングの耳には届いていなかった。
受け取ったマスタングは素早く文面に目を走らせると、あまりの展開に頭痛がするのを抑えられなかった。



繊細かつ優美な装飾模様が描かれた一枚の羊皮紙には、たった一言。
『ロイ・マスタング大佐を講師とする特別演習当日における東方司令部の敷地内および建物の使用を全面許可する』
鮮やかな筆跡の老将軍のサインと共にそう記されていた。












『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』
彼らは目的のためには手段を選ばず、また幸か不幸かそれを実行に移せるだけの人脈も権力も兼ね備えた実は史上最強の会であった。
そして彼らの包囲網は着々と整いつつあった。
彼らの野望が達成される日も・・・・・・近い、かも知れない。








BACK NEXT 

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送