緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ

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見上げれば、ぬけるような青い空。



「・・・・・・なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ・・・」

銜えタバコでぼやいてみても始まらない。何せ言いだしっぺは自分なのだし、更に言えばここで断ったら後の報復が怖すぎる。



なんだかものすごーく貧乏くじひいたような気もしないでもないがけど、まぁ他にやれそうな面子がいない以上仕方ない。所詮自分は現場組なのだし、それが性にあってもいるし。

「しゃーねーなぁ・・・・・・んじゃ、いっちょいきますか。」

うっしゃ、と小さく気合を入れなおしてホルダーの銃を確認すると、ハボックはくるりと振り向き様ににやっと笑った。

「・・・待たせたな、野郎ども。抜かるなよ!」

「Yes,Sir ! ! ! 」

司令部内に響き渡るけたたましいベルの音をバックに、ザッと一指乱れぬ音ともにきれいに揃った敬礼でそれは始まった。



史上最大、最高に馬鹿馬鹿しいイベント。
たった一人対、東方司令部軍人数百人との鬼ごっこが。














『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ』













きっかけは休憩室での他愛ない愚痴・・・のはずだった。



「ホーント、相変わらずのさぼりっぷりだよなー。あの上司は」

安物の合皮のソファーにだらしなくもたれて、ぷはー・・・と煙を吐き出しながらいささかうんざりしたようにハボックが呟いた。

「ホントホント。毎日あれだけ中尉に撃たれても懲りないしなぁ。その度に業務の尻拭いする俺たちの身にもなって欲しいもんだ」

そのガタイに似合わぬ小さな椅子に浅く腰掛けて、やれやれ、と肩をすくめるのはブレダ。うんうん、と即座にハボックの同意が上がる。

「・・・学習能力というものは通常、蓄えられた知識量に比例しているはずなんですがねぇ」

おかしいですねぇ?と言わんばかりに大げさに腕組みするファルマンに向かって、ハボックは胡乱な目つきでやる気なさそうにヒラヒラと手を振った。

「ないな。どこをどうとってもない!どっかに落としてきたのと違うか?」

「いや、始めっからないのかも知れませんね。そうでなければここまで毎日同じことは出来ません」

「もういい加減条件反射なんじゃねぇの?ほら、パブロフの犬みてぇに」

「・・・それはありえるかも」

「ちげーねぇ!!なんせ軍の狗だしな!!」

ガハハ、と顔をつき合わせて豪快な笑い声で小さな不満を吹き飛ばす。
それが彼らのいつもの風景だった。



そんな彼らを苦笑いで見つめる(でも決してそれらの発言を否定しないという所に彼の真意が垣間見える)フュリーをはじめ、上司を上司とも思わぬ不穏当な発言をする彼らは、言わずと知れたここ東方司令部の実質上の最高司令官の直属の部下。したがってその対象である上司とはもちろん、焔の錬金術師であり、東方司令部内における実質の最高司令官であるロイ・マスタング大佐である。



ロイ・マスタング大佐、29歳。その年齢に似合わぬどこか幼さを残した甘い顔立ちと、それにまさに反比例した辛辣なほどの明晰な頭脳。異例の若さで出世したのもうなずけるほどの指揮能力と行動力、そして二つ名『焔』を冠する国家錬金術師としての実力。更に付け加えるなら上下にこだわらない能力重視、適材適所の配置から部下からの信頼も厚く、部隊の統率力も他の司令部より高い。
まさにどこをとっても申し分ないといえる周りから見て理想の上司だったが、いかんせん自分たちの上司にするにはちょっと遠慮したい悪癖があった。
それが彼らの言ういつもの『サボり癖』である。



「・・・ホント、あれさえなきゃーねー」

まったく、と短い金髪をガシガシ掻き混ぜながらハボックはぼやいた。



一見、非の打ち所のないように見える上司であったが、注意深く観察してみるとそれらは普段彼の近くに接している彼ら部下の努力によって保たれていることがよくわかる。まったく、完璧な人間などこの世のどこにもいないのである。
ロイ・マスタングの場合、その非とはサボリ癖であった。



デスクワークが嫌いな(だが視察や行事など面倒なことも嫌いであることも側近の誰もが知っているのだが)この上司が、自分の執務室でおとなしく書類を裁いている姿を見ることなど稀である。大抵お目付け役(影ではこっそり子守と言われている)であり有能な部下の筆頭であるリザ・ホークアイ中尉に銃を片手に監視・・・もとい、付き添われながらノロノロと業務をこなし、嫌々やっているため当然処理スピードは追いつかずに散々書類を溜め込んだ挙句、いきなりふいっと消えてしまうのだ。



確かに司令部の実質的な指導者である以上、その決済に必要な書類は膨大になる。執務室の彼の机に絶妙のバランスで堆く積まれたその量は、部下である彼らの比ではない。これを当日中に処理しなければならず、更にこれを毎日続けなければならないということに対しては確かに同情もしよう。しかし。



何が腹が立つって、やろうと思えばその膨大な量の書類を裁くことさえ簡単だというのにやろうとしないという事なのだ、あの上司は!彼の部下たちは皆一様に口を揃えて叫び、こぶしを握る。
東方司令部に赴任してすぐの頃、通常の人間が裁く量の2〜3倍の量を惚れ惚れするような鮮やかなスピードで裁いていく彼を見て、あぁ、やっぱりこの人に付いて来てよかったと誰もが思ったのに。
それなのに散々溜め込んだ挙句にとんずらするとは。



おかげでそのたびに彼らは消えた上司を探すために奔走し、その間の自分の業務はそっちのけ、更に見つけた後は彼がきちんと仕事をしているか確認しつつ、残った自分たちの業務をこなす羽目になる。そのために何度深夜過ぎの残業になったことか。
彼らが文句のひとつも言いたくなる気持ちもわかるというものである。



もちろん、かなりクソミソに言ってはいるが、彼らが決してその上司を馬鹿にしている訳ではない。それどころかその才能に惹かれ、彼の手足となり、その身を守る盾となることを誓ったことを決して後悔などしていない。彼の部下であり、その信頼を受けていることを誇りに思い、その信頼に応えるべく日夜努力している。その気持ちに嘘偽りはない。
ただ。



「・・・問題は周りに被害甚大だってことなんだよなぁ」

「・・・・・・被害?」

ブレダの呟きにドアを開ける音ともに返ってきたのは現在かの上司の被害を一番被っているであろう人物からの返事だった。



リザ・ホークアイ中尉。
ロイ・マスタングの懐刀、最強のお目付け役と呼ばれる彼女は少々疲れた様子で休憩室に入ってきた。
それでも涼やかな美貌ときびきびとした動作は相変わらずで、空気までが透明に変わったような気がして一同は自然と口元を引き締めた。



「ホークアイ中尉!」

「少し休憩しようと思って。いいかしら?」

「もちろん!どうぞこちらへ」

ありがとうと言うホークアイの顔に影を感じて、フュリーが声をかけた。

「・・・・・・お疲れのようですね?大丈夫ですか?」

「ありがとう、フュリー曹長。大丈夫よ。まだ倒れるわけにはいかないもの」

心配そうに見つめるフュリーに口元だけ軽く笑って、ホークアイはハボックが立ち上がって勧めてくれたソファに腰を下ろした。ふぅ、と小さなため息が漏れる。心配そうな彼を安心させようと気を使って笑っただけで、ごまかしきれないほど疲労がたまっているのが見て取れた。

「あの・・・・・・中尉がここにいるってことは・・・もしかして?」

「そうなの。今日はもう大丈夫だと思って気を抜いたのが敗因だったわ」

ハボックのあまり嬉しくない予想はあっけなく当たって、そこにいた一同がうんざりした顔でお互いの顔を見合わせた。
そう、またあの癖が出たのだ。そしてその結論からその後の未来まで容易に想像出来てしまうことが更に一同の疲れを増長させた。
多分今頃は、あのうっとおしい書類の束から逃げ出したという刹那の快感に浸ってどこかでのんびり昼寝でもしているのだろう。いくつかある彼のお気に入りの場所を一つ一つ虱潰しに探し回って見つけるのに一体どれだけの時間と労力がかかることだろう。考えただけでせっかく養ったはずの英気も脱力してしまいそうだ。
どんなに厳戒な包囲網をしいても必ず一瞬の隙をついて逃げ出すあの上司の行動力は、ある意味最も性質が悪い。

「・・・・・・ったくほんっとーにあの人は・・・」

ブレダは冷めたコーヒーをずずっとすすって毒付いた。ファルマンはちらりと時計を見て、また今日も残業だなとため息をつき、フュリーは頭の中に司令部の見取り図を思い浮かべ、さて今日はどこから探そうかと考えをめぐらせている。まだ日は高いのに、既に就業近いような疲労感が漂うのはいつもの事とはいえ。

「・・・・・・ホント、いつか大佐に一泡吹かせてやりたいよなー」

半分本気の冗談をハボックが呟いた途端、休憩室に新たな訪問者が訪れた。少なからぬ嵐を連れて。

「一泡吹かせたいの?手伝ってやろうか?」

少々小さな(おっと、これは禁句であるのだが)その嵐は、心底楽しそうに『企んでます』と顔に書いてにやりと笑いながら、多分兄よりもっと恐ろしいことを表情一つ変えずに(鎧ではさすがに表情は変えようがないのだが)考えているであろう厳つい鋼の弟ともに扉の向こうから賑やかに登場したのであった。



役者は揃った。
ここに彼らによる『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』が結成され、かの上司に一矢報いるべく動き始めるのだった。





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