『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ』

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6


それは既に決着した。誰もがそう思っていた。
だが。
運命の女神はいつだって気まぐれだ。ようやく手にしたと思った瞬間、彼女はするりとその手をすり抜けていく。
彼女が最後に微笑むその先に、果たして誰が立っているのであろうか?









『緊急指令:焔の錬金術師を捕獲せよ 6 』












その日、ロイ・マスタングは大変機嫌が悪かった。



『・・・でさぁ、可愛い可愛いうちのエリシアちゃんがなぁ!初めてお歌をだなぁ!・・・・・・なぁ、聞いてんのか、ロイ?』

「・・・・・・聞いているように聞こえるのか?」

電話口で果てしなく続く能天気な声に、後1分でも話し続けるなら切ってやるぞと言わんばかりにロイ・マスタングは低い声でそう答えた。



彼はかれこれもう1時間近く、同じ話を同じ相手から繰り返されていた。せっかくの優雅な昼寝を邪魔され、更に聞きたくもないこの親バカののろけ話を延々とこの調子で聞かせられ続けてはたまったものではない。
何が悲しくてこんな時に幸せボケした親友の果てしなくループするのろけ話を聞かなければならないのか。いい加減うんざりしているマスタングだったが、そんな事などお構いなしでマース・ヒューズは電話の向こうでだってよぉ、と笑った。

『・・・だってせっかくお前さんが暇をもてあまして寂しがってるだろうからと思って、こうして業務の手を止めてまで俺の可愛いエリシアちゃんのとっておきの話をしてやってるんだぜ?そのありがたーい心遣いに少しは感謝しようとは思わんのか?』

「そんな事はしなくていいから仕事しろ!・・・生憎だが、私はようやく取れた休日を実に有意義に過ごしている最中だ。お前ののろけ話なんぞ聞いている暇はないんでな。・・・用がないなら切るぞ!」

『あぁぁ待った!切るなよ!せっかく忙しい中電話してやってるのに!』

今にも電話を叩ききりそうな勢いのマスタングに、電話の向こうでヒューズは含み笑いをしながらようやく違う話題を切り出した。
実はヒューズがこれをいつ切り出そうかとタイミングを狙っていた事など、勿論マスタングは知る由もない。

『・・・そういや久しぶりの休暇だったな。満喫してると言いながら、もうそろそろ仕事の事が気になってきてるんじゃないのか?』

「まさか。出来る事ならまだ当分は休んでいたい所だ。・・・まぁ、そうは言ってもさすがに仕事もたまっているだろうしそろそろ潮時だとは思っているんだがな」

ヒューズの問いにマスタングは笑いながらそう答えた。



そう。彼があの特別演習・・・軍部との追いかけっこに勝利してからもう3日になる。約束通り将軍から貰った特別休暇をマスタングは心から楽しんでいた。
普段ならとても出来ないまとまった睡眠をとり、手に入れたまま読むことの出来なかった貴重な資料を読みふけり、新しい錬金術の研究に励む。まさにあの苦労に対する自分へのご褒美のような素晴らしい日々だった。
が、しかし。

『・・・潮時ねぇ・・・俺にはお前がそろそろ仕事しないとあの有能な部下の報復が恐いと言っている様に聞こえるんだがな』

ヒューズの言葉にマスタングは答えることが出来なかった。
そうなのである。
仕事の事は考えない1週間の休暇。いくら将軍のお墨付きを貰ったと言っても、さすがに丸々1週間も休んでは業務に支障が出るのは明白だ。その間の処理は有能な部下が責任を持つと約束したとは言え、自分が戻ってきた時の報復が恐ろしい。想像しただけで冷や汗が出そうだ、とマスタングはそっと汗を拭った。そんなマスタングの様子を見抜いたかのようにヒューズは何だ図星か、と笑う。マスタングは見抜かれたのを隠すように不機嫌な声を出した。

「・・・うるさいぞ、ヒューズ!そんな訳があるか!・・・それに、やはり私がいないとどうしても皆の士気が鈍るだろうからな。英気も十分養った事だし、明日には出勤するつもりだ」

『ふぅん・・・あ、その事だがな。昨日お前に用があって電話したらホークアイ中尉が出てな。何だかすごく嬉しそうだったんだよ』

「・・・嬉しそう?」

ヒューズの言葉にマスタングは首をひねった。あの中尉が?何かあったんだろうか?
考え込むマスタングにヒューズはいやな、と先を続ける。

『今日は定時で上がれるのでこの後みんなでパブで飲む予定なんですとかって言ってたな。ここ3日間はこれといった事件もないし、全員が張り切って仕事をしているから定時には上がれるんだそうだ。うらやましいこった。俺なんかここ1週間以上もエリシアちゃんと一緒にお風呂にも入れないってのに・・・!』

「そんな事は知ったことか!・・・しかし・・・そうか・・・」

思ってもみなかった台詞にマスタングは答えに詰まった。
正々堂々休暇を満喫して溜飲を下げ、まぁそろそろまじめに仕事をしてやってもいいかと考え始めていたのに、これでは・・・自分などいなくても仕事には支障がないと言われているようで、マスタングは一抹の寂しさを覚えた。
そんな彼の様子を知ってか知らずか、ヒューズは実に楽しそうに話を続ける。

『それにしてもあんまり嬉しそうだったから、実はお前がいない方が仕事がはかどってるんじゃないか?って冗談で聞いたら、そうかもしれませんね・・・なんて言って笑ってたぞ。あの中尉がそこまでご機嫌なんて、珍しい事もあるもんだ』

でもまぁ、あの様子ならまだゆっくり休んでいても大丈夫だぞ?久しぶりの休暇なんだし、ゆっくりしてろ。
・・・これが言いたかったんだよ、そう言ってヒューズは笑った。

『まぁ仕事に戻ればまた当分休みなんかもらえないんだろうから、久しぶりの休暇を存分に楽しめよ。・・・それとも』

もしかして自分がいない方が仕事がはかどると言われて寂しくでもなったか?
ニヤニヤ笑う様子が目に浮かぶようなヒューズの台詞に、マスタングはムッとした。

「何を言う!そんな訳がないだろう!・・・そうだな、中尉がそう言うのだったらもうしばらく休暇を楽しむとしよう。その間の仕事は皆が何とかすると言ったのだし、私の知ったことではないからな」

『そうそう、ゆっくりしとけって。・・・・・・でな、うちのエリシアちゃんなんだがな!』

「・・・お前と話をしてたらゆっくりできん!!」

またのろけの無限ループに陥ってはたまらんと、マスタングは慌てて電話を切った。

「・・・・・・私がいない方が仕事がはかどる、か・・・どうせ事件でも起こればそんな事言えなくなるさ」

しばらくその電話を見つめていたマスタングだったが、やがて首をひとふりすると読みかけのまま放り出されていた本を手にとるとソファに腰を下ろした。

「・・・・・・そうさ。後4日はゆっくりできるのだからな。せっかくの休暇だ、のんびりするとするさ」












ツーツーツーと規則的な音だけが響く受話器を持ったまま、ヒューズは電話を見つめていた。

「・・・思った通りだったな」

電話の向こうのマスタングを思い出して、ヒューズはくすくすと笑う。あいつらに事の次第を聞いていたとは言え、これはなかなか面白い事になりそうだ。その場にいられない自分が本当に残念でならなかった。
まぁ仕事だからな。後でゆっくり聞かせてもらうとしよう。ヒューズは一旦受話器を置くと、もう一度ダイヤルを回し始めた。



数回の呼び出し音の後、受話器から声が聞こえてくる。ヒューズは東方司令部の司令室につなぐよう言った。しばらくそのまま待った後、ヒューズは楽しそうに話し掛けた。

「・・・よぉ!そっちはどうだ?・・・・・・ハハハ、なるほどな!」

電話の向こうの相手も笑っているようだった。
ひとしきり笑いあった後、お互いの状況を手早く説明しあう。

「・・・あぁ、こっちは今話をしたところだ。思った通りだったよ。そろそろだな」

『・・・そうなんだ?じゃぁこっちもそろそろ準備しないとね』

電話口から聞こえてくる楽しそうな声。ヒューズは実に残念だ、と電話口でこぼした。

「ホント、そっちで見られないのが残念だぜ。仕事ほっぽらかしてでも見に行きたい所だが、さすがにそういう訳にも行かなくてなぁ。・・・しゃーねーから後でゆっくり話を聞かせてもらうことにするよ、エド」

ヒューズの本当に残念そうなその声に、電話口のエドワードはホント、おしいよなぁと笑った。

『まぁ仕事だからしょうがないって。大丈夫、後で詳細にわたってばっちり話してやるからさ!』

だから楽しみにしてろよ?そう言うエドワードにヒューズも勿論と答えると、二人はお互いを励ましあって電話を切った。

「・・・ホント、楽しみだ」

日頃ほとんど変わる事のない親友の慌てふためく顔が見られるのだからな。それを見られないのが本当に残念だ。
ヒューズはついてないぜ、と苦笑しながら受話器を置くと、肩をすくめて業務に戻るべく部屋を出て行った。












夜の司令室はひっそりと静まり返っていた。
普段なら深夜まで明かりが灯り、大勢の人間が忙しく駆け回っているというのに。マスタングはその様子に驚いた。

「・・・本当に誰もいないな・・・当直の人間さえいないとは職務怠慢、極まりない・・・!」

コツコツという靴音が静まり返った部屋に冷たく響く。
マスタングは司令室を見回して、彼らの机の上が綺麗なことに驚いた。
普段ならそれぞれの机に山のように積み上げられた書類。そのほとんどが自分が決済を溜め込んでいたものであったのだが、それが全くない。机の上はきちんと片付けられ、主の不在を告げていた。

「・・・おかしい・・・私のサインなしでは書類は回らないはずなのに・・・」

確かに自分がいない間、これといった事件も受理しなければならない大きな案件もなかったが、それにしても決済待ちの書類が一枚もない事にマスタングは驚いた。

「・・・もしかして、決済を全て将軍閣下に回しているのか?・・・だとしたら」

とんでもない事だ。マスタングは慌てた。確かに将軍のお墨付きの休暇だが、その間仕事を将軍にやらせていたとあっては大問題だ。
・・・やはり自分がいなくては困るのだ。明日はなんとしても仕事に出なくては。そう納得したマスタングに急に後ろから声がかかった。

「・・・あれ、マスタング大佐じゃありませんか?・・・どうなさったんですか、こんな時間に?」

振り返ると、そこにはいつ来たものか一人の兵士が立って首をかしげていた。どうやら本日の宿直の兵士らしい。自分が休みを取っている事を知っている兵士に見られた事が何となく気恥ずかしくなってマスタングは少々慌てて笑いながら言った。

「・・・あぁいや、そろそろ明日あたりから出勤しようと思ってな。休みの間の書類に目を通しておこうと思ってきたのだが」

まさか自分がいなくても全く支障がないなどというヒューズの電話にショックを受けて確認しに来たとは言えない。そんなマスタングの言葉にその兵士はにっこりと笑った。

「そうなんですか。でもせっかく久しぶりのお休みなんですからもっとゆっくりしていらしたらよろしいのに。業務の方は心配ありませんから」

「いや、そうは言っても私はここの実質的な責任者だからな。いくらいろいろな経緯があったとは言え、まさか将軍閣下に雑務をさせる訳にも行かないだろう?」

てっきり将軍が自分の業務を代わりに行っているとばかり思っていたマスタングに、その兵士はいいえと意外な返事を口にした。

「あ、いえ・・・将軍閣下は現在セントラルにいらっしゃいますが?」

「え?・・・今なんと言った?」

「いや、ですから将軍閣下は只今セントラルにて会議に出席中です。1週間の予定と伺っておりますが?」

兵士の言葉に今度はマスタングが首をかしげた。
将軍は今ここにいない?・・・では、一体誰が自分の業務を代わりにやっているのか?
しかしそんなマスタングの疑問に兵士は気付くことなく、ご無理をせずゆっくりなさって下さいねと言って敬礼すると見回りを続けるべく部屋を出て行った。マスタングに解けない謎だけ残して。

「・・・一体、何がどうなっているんだ・・・?!」












執務室の机の上にもそれらしい書類は全く見当たらなかった。
いつもはそれこそ自分と同じくらいの高さまであるのではないか?と思うほど堆く書類が積み上げられているのに、今はそれらは全て片付けられ、丁寧に拭き清められていた。
もしや自分の所に全て集められているのでは?と慌てて執務室にやってきたマスタングだったが、その様子に更に首をかしげた。



・・・おかしい。将軍がセントラルにいる以上、自分以外に業務を遂行できるものなどいないはず。それなのに、いくらなんでも自分の所にすら全く書類がないとは。どうしてもその理由がわからない。

「・・・これは一体・・・?」

執務室の机の明かりだけの薄暗い中、ポツリとマスタングが呟いた時。

「・・・決まってんじゃん。あんたが必要なくなったからさ」

突然パッと灯りが点灯して、その眩しさにマスタングは目を細める。ようやく目が慣れた時、ドアの前に一人の人物が立っていた。

「・・・鋼の・・・どうしてここに・・・?」

呆然とするマスタングによぉ!と手をあげるとエドワードはズカズカと部屋の中へと入ってきた。その顔に浮かんでいるのは不敵な笑み。
・・・そう、それは何かよくない事を考えている時の顔だ。マスタングは眉を顰めた。
エドワードは執務室の机の前に立つとくるりとマスタングに向き直る。

「・・・どういう事だ、鋼の?・・・私が必要ないだと?」

「そ。あんたがいなくても大丈夫にしたんだよ。これでいくら仕事をサボろうと誰も文句を言うやつはいない。いつでも24時間年中無休でサボり放題、あんたの希望通りになったって訳だ・・・どう、これで満足だろう?」

「何を言っている?!私なしで業務が出来る訳がないだろう?!」

ニヤニヤ笑うエドワードにマスタングはカッとなって詰め寄った。しかしそんなマスタングにしれっとした顔でエドワードが続ける。

「出来る訳がない、じゃなくてしたんだよ、無能大佐。・・・みんないい加減あんたのとばっちりくらって連日連夜残業するのはもうたくさんなんだってさ。だからあんたはもういらない。後はあんたの好きなようにすればいい」

「な・・・・・・っ?!」

エドワードの言葉にマスタングは殴られたようなショックを受けて立ち尽くした。
確かに今まで散々仕事をサボってきた自分であったが、まさか部下たちがここまで自分を嫌っていたとは。思ってもみなかったしっぺ返しをくらって、マスタングの視界はグラグラ揺れる。エドワードの声が遠く聞こえた。

「・・・いいじゃん、だってあんたの希望通りだろう?いつだって仕事がいやで逃げ回っていたんだから。これでもうそんないやな仕事しなくても誰も何も言わないよ?嬉しくないの?」

「違う・・・私は別に、そんなつもりは・・・!」

そう反論するマスタングの声は、どんどん小さくなっていった。
・・・自分はもう必要じゃない?いなくても大丈夫?何だかんだ言っても自分がいなければ仕事が出来る訳がないと高をくくっていたのに、これは一体どういう事だ?
マスタングは立っていられなくなって崩れ落ちるようにソファに腰を下ろした。エドワードの言葉だけが頭の中でぐるぐるとこだまする。

「ま、今更自業自得だね。戻ってきたってどうせ仕事する気ないんだろうから、まだゆっくりしてていいよ。将軍も大佐が休みたいだけ休んでいいって言ってたしさ」

いいねぇ、久しぶりの休みなんだしゆっくり休んだら?エドワードはそう言うとちらりとマスタングを伺った。
マスタングはソファに座ったまま顔をあげようともしない。どうやらかなりショックを受けているらしいマスタングにしてやったりと満足げな笑みを顔に刻むと、エドワードはマスタングに気付かれないようにドアに向かってこっそり手で合図を送った。

「・・・なぁ、大佐。俺たちだって何も好き好んでこんなことした訳じゃないぜ?・・・確かに雨の日は無能だし仕事だってサボってばっかりだけど、やる時はやるって俺たちもあんたの事はちゃんと認めてるんだ。それなのに、あんたはいつまでたってもちっとも俺たちの事を考えてはくれない。なら・・・そう思うのは仕方ないと思わないか?」

わざと嫌味を付け加えた台詞にも、マスタングは返事もしない。マスタングのショックの大きさに、エドワードはひそかに苦笑しながら次の言葉を紡いだ。

「違う、そんなつもりじゃない。・・・そう言った所で俺たちには何の説得力もない。そう思うなら行動で示して貰わなきゃ信じられるはずもないだろ?・・・してもらえない以上、自分たちで何とかするしかない。・・・それともちゃんと行動で示してくれるのか、大佐?」

それが等価交換ってやつだろ?その言葉にマスタングは初めてエドワードを見た。
信じてほしけりゃ、行動で示せ。でなければ俺たちはあんたにはついていかない。エドワードの金色の鋭い瞳はそう言ってマスタングを見つめていた。
そのゆるぎない瞳にマスタングはついに観念した。

「・・・行動で・・・示せば、いいんだな?」

「・・・出来るのかよ?」

エドワードの問いにマスタングは言葉もなく頷いた。部下たちが自分を必要とするように、自分だって部下が必要だ。必要として欲しい。
マスタングは真摯な瞳でエドワードを見つめ返した。



エドワードはずいぶん長い事マスタングを見つめていた。少なくともマスタングにはそう感じられた。

「・・・・・・本当に、信じていいんだな?」

「・・・あぁ」

エドワードはマスタングの顔をじっと見つめていたが、マスタングの返事に頷くと急に視線を外して俯いた。そして顔をそむけたままこちらを向こうとしない。

「・・・?」

どうかしたのか?不思議に思ったマスタングがそう尋ねようとしたその時、その肩が小刻みに震え始め・・・そして。

「?!」

エドワードはたまらず笑い出したのであった。



「・・・は、鋼の?!」

「・・・っかし・・・!もうだめ・・・!」

ヒーヒーと呼吸困難に陥りながら顔を真っ赤にして笑い続けるエドワード。一体何事かとマスタングが尋ねようとした時、ドアの向こうから声がした。

「・・・なんだよ、大将。笑っちゃダメだって言ったろ!」

「そうよ、エドワード君。ここで笑ってはせっかくの努力が無駄になってしまうわ」

それはマスタングにとってあまりにもよく知った声であった。
呆然とするマスタングを見ながら、エドワードはまだ笑いが収まらぬまま彼らに声をかける。

「・・・だってもぉ、おかしくって・・・!いいじゃん、もう約束はしたんだしさ」

「・・・そらそうだけどよ。でもこれじゃぁせっかくの感動も台無しだぜ?」

「そうですよ。ここは我々の勝利を噛み締めるいい場面なんですから」

そう、そこには。
いないと思っていた、東方司令部のいつもの面々が顔をそろえていたのである。



「・・・ど・・・どういう事だ?」

「どういうもこういうも・・・こういう事で」

驚愕に言葉も出ないマスタングに、ハボックは軽く肩をすくめて見せる。
こういう事?!こういう事って、一体どういう事だ?!
あまりの展開にマスタングは、口をパクパクとさせるだけだった。

「・・・大佐が悪いんだぜ?いくらサボりたいからって中尉に後始末を全部押し付けてさ。あんまり中尉が可哀想だったから、これはちょっと懲らしめてやろうと思ったんだ」

エドワードはようやく笑いを収めて目の端に浮いた涙を拭きながらマスタングに説明していく。



確かに最初は演習を使ってマスタングを負かしてやろうと考えた。
がしかし、それでイヤイヤ仕事をさせた所でまた同じ事をくりかえす事は目に見えている。それなら。

「・・・それなら、是が非でもやる気になってもらおうと思ってね」

「・・・じゃぁ、あの勝負は一体・・・?」

マスタングの問いに今度はハボックが答えた。

「あれは最初から負ける予定だったんすよ。それもギリギリまで追い込んでね。いやぁ、タイミングを計るのに苦労しましたよ。マジで燃やされるかと思ったし」

でも真に迫ったいい演技だったでしょ?へらへら笑うハボックを今度こそ真剣に燃やしたくなったマスタングだったが、中尉の目が笑っていないことに気付いて出しかけた手を引っ込めた。




・・・そうして大佐に勝ちを譲って、その間に本来の作戦を実行する。それにまんまとひっかかった訳だ。そう言うとエドワードはにんまりと笑った。

「・・・ま、約束したからには必ず守ってもらうよ、マスタング大佐殿」

これに懲りたら二度と仕事しないでサボったりしない事だね。エドワードはそう言って肩をすくめる。
そんなエドワードと共ににっこり笑ってマスタングを見つめるメンバーたち。
それともまだやりますか?・・・やるなら手加減はしませんよ?彼らの目が一様にそう語っていた。
マスタングはついに完敗の白旗を揚げて、がっくりと肩を落すと今後一切仕事をサボらない事をその場で確約させられたのである。



『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』。彼らの目的はここについに完遂された。
そして彼らの歴史は輝かしい勝利と共に幕を下ろしたのであった。













「・・・そう言えば、最後にひとつ聞きたいことがあるのだが?」

マスタングは納得行かないという顔をして呟いた。
何?とエドワードが聞くと、マスタングは執務室の机を指差した。

「・・・いくら重要案件がないとは言え、さすがに私の決済なしで書類をまわすことなど出来ないはずだ。それなのにこれは一体どういう事なのかね?」

マスタングの問いに、あぁ!とエドワードは手を叩く。

「それなら答えは簡単!・・・・・・これ、なーんだ?」

エドワードはニヤッと笑うとポケットに突っ込んだ手を出して両手をぱっと広げて見せた。
その掌にあるのは両手にすっぽりと収まる位の小さなハンコ。マスタングは手を伸ばしてそれを取り上げると驚いて叫んだ。

「・・・?!な、何だこれは?!」

「いやぁ、ディテールに苦労しましたよ。ペンの筆圧まで忠実に再現するのにはなかなか骨が折れましたけど、文句のつけようのない最高の出来ですよ。・・・まぁ、兄さんには無理だろうけど」

得意そうなアルフォンスの言葉に何だと?と怒りを投げつけつつ、エドワードはマスタングからハンコを取り上げると机の上のインク壷に置いてあった一本の筆を突っ込み、インクをハンコに塗りつけた。

「・・・こうやってインクを塗って、書面にポン!と押し付けるとあら不思議!」

少々大袈裟な身振りでエドワードはハンコを押した書類をペラリと広げて見せる。そこには。
ロイ・マスタング。インクの濃淡も鮮やかにそう記されていた。

「・・・し、書類偽造ではないのか・・・・・・?!」

「何を人聞きの悪い。ちゃんと大佐の筆跡を完璧にコピーしてあるんだぜ?アルのやつ凝っちゃってさ、筆圧の強弱まで完璧にするんだって直前まで何度も作り直して。いやぁ、マジで間に合わないかと思って焦ってさ、大変だったよ」

あ、将軍からもOKでてるから、これ。どうせいつも書類捌いてんの中尉だから、見てくれだけ調えてあればそれでいいってさ。
大佐が怒らせるからいけないんだぜ?・・・あの人、中尉の大ファンだからさ。
エドワードの言葉にマスタングは眩暈を覚える。
何つーいい加減なことを・・・それが最高司令官のお言葉か?!大体バレたらどうするんだ?!
あきれて言葉もないマスタングを見ながら、ホークアイはエドワードからハンコを受け取るとにっこりと微笑んだ。

「・・・これは私が保管しておきます。もしまた大佐が同じ事を繰り返すようでしたらこれを使わせて頂きます。よろしいですね?」

「よろしいですねって・・・いや、それは書類偽造といって犯罪である事を忘れてはいないかね?」

頭を抱えるマスタングにホークアイは極上の笑みで答えた。

「大丈夫です。・・・要するに、これを使う状況にならなければよろしいのでしょう?」

まさにしてやったり。今度こそぐうの音もでないマスタングに、そこにいたメンバーは心の中で喝采を叫んだ。
逆にマスタングはがっくりと肩を落とす。



・・・やっぱり、この人だけは敵にまわしてはいけない。もう二度と。
にっこりと笑うホークアイを見ながらマスタングは再び深く心に刻み込んだ。



ロイ・マスタングに一泡どころか二泡も、それ以上も吹かせてしまった彼ら。
その後まじめに仕事をするようになったマスタングであったが、もしまたあの悪い癖が出てしまったら彼らはまた立ち上がるだろう。
『ロイ・マスタング大佐に一泡吹かせる会』・・・別名『リザ・ホークアイ中尉ファンクラブ』。
彼らはまさに史上最強の会なのである。








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