鋼版「疫病神の館」

モドル | ススム | ノベルトップ

  疫病神と少女  

 サローヴァー領。
 そこには、一部の人々の間で「疫病神の館」と呼ばれつづけている巨大な恐怖の館がある。
 豊かな土地、豊かな経済、恵まれた気候。奇跡的なまでに恵まれた大陸一の豊かさと栄えを誇るサローヴァー領の北端の地にそびえ立つその館は、数百年にもわたって、数々の住人を不幸にし狂い死なせてきた。
 しかし、その事実は極一部の限られた人々にしか知られていない。
 何故なら領の栄えの為に、その事実はひた隠しにされてきたからだ。
 かつて、サローヴァー領主は、疫病神と契約を交わした。
 その契約に従い、住めば必ず不幸になる館へ住人という『生贄』を捧げ続けることと引き換えに、領の栄えを手に入れたのだ。
 元は荒れ果てた地であったサローヴァーの今の奇跡的な栄え―その裏には、疫病神との契約がある。
 大昔領主の交わした契約の為、館に生贄を捧げ続ける限り、サローヴァーは絶対的な栄えを保証される。
しかしもしそれを破り、一月以上館を無人にすれば、サローヴァーは、大きな災厄に見舞われる。
 サローヴァーが豊かさを失わない為に、そして災厄から逃れる為には、館へ人を住まわせなければならない。
 しかし、住めば必ず不幸になる恐怖の館と知っていて、誰が住もうなどと考えるだろうか?歴代の住人たちがことごとく、悲惨な最期を遂げてきた不吉な館と知っていて。
 けれど、サローヴァーの栄えの為には、住人が必要だ。
だからこそ事実を知る極少数の人間は、その事実を隠し人を住まわせつづける。人の不幸の上に成り立っている豊かさとわかりながらも、それを失うことを怖れて。
 
 そして、今日もまた、新たな生贄が恐怖の館に足を踏み入れる。






 



 疫病神の館。
 築五百年以上にも及ぶというその館は、過ぎ去った歳月を思わせる独特な存在感を備えているが、手入れが相当良いらしい。建物の造り自体は、古めかしいものの建物に破損は見られず、外観も美しいままである。
 古めかしい造りも、サローヴァーのような繁栄した真新しい館ばかりが立ち並ぶ都市においては、かえって新鮮にすら映る。
 サローヴァー領において知らぬ者はない、古く、美しく、巨大な館。
 館の実体を知らない多くの人々は、いつかあんな館に住めたらと憧れ、夢見るのだという。
 この館の新しい住人に選ばれた少女は、そびえ建つ館を見上げ、感嘆の声をあげた。
「近くで見ると、また、一段と立派な館・・・」
 そうして瞳を輝かせ憧れの館に少女は足を踏み入れた。



 新しい住人が館に足を踏み入れたことを確認し、ひとり、愉快げに呟く者がいた。
「今回の生贄は、女…か。」
 闇色の髪をした、凄まじいまでの美青年だ。
 彼の名はロイ・マスタング。
 かつて領主と契約交わし、以来この館に棲みつづけている疫病神である。
「今回は、どんな不幸にしてやるかな。」
 そう呟いてロイは、新しい住人をまじまじと観察する。
 ロイは、少女のほんの数歩手前の宙に浮かんでいるのだが、少女がそれに気が付く様子はない。
 それもその筈。本来疫病神とは、人の目には映らぬ存在なのである。
 例外として人としては稀な強大な霊力の持ち主であれば、見えることもあるというが、六百年以上生きてきたロイですら、そのような人間に遭遇したことがない。
浮遊霊などが見える程度の霊力では、疫病神を見ることはできない。そうとうなとび抜けた霊力者でなければ、見えないのだ。
 まあ、もう一つの例外として、疫病神自身が故意に見せようとした場合は、誰にでも見えるようになるのだが。
(…妙だな。)
 少女を観察していたロイは、怪訝に思った。
 この館の住人に選ばれるのは、基本的にかなり上層階級の人間である。
 秘密を守る為、疑いを抱かせぬ為に、これだけの館に住まうに十分な肩書きを持った者の中から選ばれるからだ。
 しかし少女の身分は、なんとも判別がつき難い。
 服は、上層貴族が着るような最高級の物。
 ただしそれは、どう見ても男物だ。
加えて、これだけの広い館に住もうというのに、家族はおろか使用人の一人すら連れていない。
「この広い館に、ひとりで住む気か…?」
 前の住人など、家族十三人に加え使用人を百人以上も連れてきた。ここは、それほどの館なのだ。
「…どうやら随分毛色の変わった生贄を選んだみたいだな。まあ、同じような人間ばかりでは飽きるし丁度良いが。」
 退屈は、疫病神にとって最大の敵である。人を不幸にするのも、ひとえに退屈を紛らわす―暇つぶしの為だ。
 人間からすれば、「そんなことで?」と、思うだろう。だが、彼らにとって、それは死活問題なのである。
 人が食事をしなければ餓えて死ぬように、疫病神は長いこと退屈すると死んでしまう―そういう種族なのだ。
 暇つぶしの方法は、勿論、人を不幸にすること以外でも構わない。疫病神と呼ばれはしても、必ずしも人を不幸にしているわけではないのだ。
 けれど、人を不幸にすることで退屈をしのぐ疫病神が、多いことは事実である。
 疫病神に、寿命というものは存在しない。退屈せず、危険を冒さず暮らしていれば、いくらでも生き続けることができる。
 しかしそれは、やがて、多くの『飽き』を生む。
 一時期は楽しめたことでも、何年もすれば、飽きてしまう。
 ただでさえ疫病神は、人より飽きやすい性質をしている。それで、何年も生き続ければ、当然、飽きていない暇つぶしは少なくなる。 
 そんな疫病神にとって、「人を不幸にする」ということは、何故か、共通して飽きにくい暇つぶしなのである。
 そのため、人を不幸にする疫病神は多いのだ。ロイも例に漏れない。
「さてと、どうするか。」
 そう呟いて、ロイは考える。
 新しい住人は、なかなかの美貌の持ち主だった。
 煌く金髪に縁取られた顔は、透けるように白い。少し病的なものさえ感じさせはするが、その中のパーツはどれも極上。そして、絶妙のバランスのもと収まっている。
 年頃の少女にとって容姿というのは、重要だろう。
 彼女ほどの美貌の持ち主であれば、その美貌に自信をもっているに違いない。
「となれば、・・・自分の顔が化け物に見える幻影でもかけてみるか…?」
 自慢の顔が、いきなり醜い化け物に見える―きっと、大きな衝撃だろう。
(…いや、待て。)
はじめからやり過ぎるのは、よろしくない。じわじわと、追い詰めていくのが楽しいのだ。
「まずは、軽いポルターガイストでも起こして、怖がらせておくか。」
 満足げな、ロイの呟きに、少女の眉が不快げに寄せられたが、ロイは気付かなかった。
 さらに、プランを練りつづける。
「ポルターガイストは次第に強くしていくとして…そのうち、幻聴も聞かせて…」
「その程度じゃ甘いだろ?」
「そんなことはないさ。相手は若い女だ。これだけやれば、かなり効くさ。」
「女とは言っても俺は男として育てられてるんだぜ。それに前もってこう聞かされたんじゃ、少しも怖くないじゃんか。」
「!?」
 ロイは、はっとした。
(私の声が聞こえているのか!?)
 疫病神の声もまた姿同様、人には聞こえる筈のないものだ。
しかし先ほどまで、こちらに気付く様子もなく荷解きをしていた筈の少女が、今は、はっきりこちらを見据えて話をしているのだ。
「君は、私の姿が見えるのか?」
「いや、見えるわけじゃない。ただ、そのあたりから声が聞こえるし、良く見るとそのあたりだけ少し翳って見えるからそこにいるのかなって。」
 翳って。
(黒髪のことか…?)
 別にここが翳っているわけではない。
 はっきりと姿が見えるわけではないとしても、全く見えていないというわけでもなさそうだ。
 それに声の方は、はっきり聞こえているらしい。
「…おもしろい。」
 ロイは、思わずそう呟く。
 どうやらこの少女は、今まで見てきたどの人間よりも、高い霊力の持ち主らしい。
 六百年以上生きてきたロイだが、声を聞きとれる人間に会ったのは、これが初めてだった。
 それほどに、この少女は稀有な人間だということだ。
(そんな稀有な人間を、この手で不幸にする機会に恵まれたってわけか。)
 退屈を最大の敵とする疫病神にとって、めったにない体験ほど、心躍るものはない。
 かなり機嫌をよくしたロイは、くるっと宙で一転して、少女の前に降り立った。
「どうだ?これではっきり見えるだろう?」
 故意に、姿が見える状態にしたのだ。どうせ位置を悟られるのなら、姿を見せておくのも悪くない。
 ロイの姿を見た少女は、不思議そうに目を瞬く。
「…なんだ。疫病神といっても、見た目は人とかわらないんだな。あ、ひょっとして、化けてるのか?」
「いや。姿を見えるようにしただけだが…」
(ん?)
 答えてから。ロイは、はっとする。
 ここへ来る住人は、ここが疫病神の館だと知らされてはいない筈。
「何故私が疫病神だと…?」
 すると少女は、怪訝な顔で問い返した。
「疫病神じゃないのか?人間じゃなさそうだし、ここは疫病神の館だし…。不幸にするとか言ってたから、てっきりあんたがこの館の疫病神なんだと思ったんだけど。」
「確かに、私は疫病神だ。だが、私が聞きたいのは、何故君が、ここを疫病神の館だと知っているかということだ。」
「…ああ。そういえば、自己紹介がまだだったな。」
「おい。私の質問に・・・。」
「まあまあ。そう言わず最後まで聞いてくれよ。俺の名前は、エドワード・エルリック。エルリックの名に聞き覚えは?」
 エルリック―エルリック家。
 それはつまり・・・サローヴァーの領主の家。
「君は、領主の身内か!」
「ああ。俺は、先週亡くなった先代の娘。そして、現領主ラスト様の従姉妹にあたる。」
 確かにロイと契約を交わした領主の家の者ならば、この館のことを知っていても不思議はない。
 しかし…。
「何故領主の身内が、ここへ来る?」
 この館の悲劇を最も良く知り、サローヴァー最大の権力を持つエルリック家。
 来たがる筈もなく、そして、身代わりをだすだけの力を備えている家の人間が、新たな住人となるなどおかしなことではないか。
「俺がここに住むのは、亡くなった父親の遺言なんだ。それに俺自身、以前から望んでいたことだしね。」
「自分で望んだだと?ここがどんな館か知っていながら君は望んだと?」
「ああ。俺は不幸になる為ここに来たんだ。」
「は?」
「俺は、不幸になりたいんだよ。」
「き、君は不幸を舐めているのか!?」
「別に馬鹿にしていないさ。意外と不幸になるって難しいんだぜ。」
そう言って肩を竦めるエドワードに、ロイはこめかみをひきつらせた。
 人を不幸にする存在と呼ばれる疫病神にとって、不幸を馬鹿にされることは、存在を馬鹿にされることに等しい行為。
(不幸を軽視したこと、後悔させてやろう!)
 そんな決意のもと、ロイは宣言した。
「お望み通りに、君を誰より不幸にしてやろう。」
「本当か!よろしく頼むぜ!…ところで、あんたの名前は?」
「ロイ・マスタングだ。」
「・・・エロイ・マスタング?」
「勝手に音を増やすんじゃない!」
「だってあんたエロそうな顔してるからつい。」
「なっ。」
思わずロイは声を荒げる。
ロイは自分の美貌に自信を持っていた。実際姿を顕せば、どんな女も思いのままだった。
その自慢の顔を見て、平然と「エロそうな顔」と評するエドワードに、ロイは大いにショックを受けた。

疫病神と少女の出会い――
初日は、少女よりも疫病神の方が不幸だったと言えよう。




***********************
空溜(別館)→水茎(本館)へのリンクの正式開通を祝した
パラレル度強の新連載です。
私のオリジナル小説「疫病神の館」を元にしてありますが、
展開としてはさすがに色々変わります。
更新ペースは反応を見て考えます。

+ramina+
モドル | ススム | ノベルトップ
SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送